2007年10月29日月曜日

今日のランチ


今日のお昼はパンでした。

「私が作ったパンです」といっても材料を測ってセットすれば4時間半後にはおいしく焼きあがるというパン焼き器の技で、二女からプレゼントされたものです。

何回か作るうちに砂糖やバターの量を少しづつかえて我が家好みの味が決まりました。

添加物無しの焼きたてパンは安心でとてもおいしいです。

メニュー☆自家製パン
     ☆コンソメスープ(玉ねぎ、ピーマン、人参)
     ☆さつまいものサラダ(さつまいも、レーズン、きゅうり、玉ねぎ)トマト添え
     ☆ゆで卵
     ☆ヨーグルト
     ☆なし

ごちそうさまでした。

2007年10月27日土曜日

ボランティアは楽しい

配架のボランティアに行って来ました。

時間の制約は無く、今のところ週2回1時間としています。

今月は、先ず書架になれて欲しいということで書架の整理です。本棚に並んだ本が正しい居場所となっているかのチェックです。

かくれんぼの鬼になった気持で本がちゃんと並んでいるかを見ていきます。おかしいのがあると「ほら、見ーつけた」と引き出して正しい場所を探して収めます。一段終わるとホッとして深呼吸次の段に進みます。
少しの緊張感と達成感があって楽しいです。こんなわずかなことでも役立っていると思うと嬉しいものですね。

作業中にいろんな本との出合いがあります。こどもの絵本のところでは韓国語で書かれた絵本を見つけ、今日は偶然に、読みたいと思っていた孔子や儒教の本に出くわして借りてきました。

今まで図書館に本を借りに行くことなど殆ど無かったけれど、ボランティアがきっかけで本を借りるようになり楽しんでいます。

60歳になって読書をするようになるなんて思っても見ませんでした。ブログもそう、携帯電話もそう。ぼーっとしていられません。

2007年10月24日水曜日

新老人は切れやすい

治療のため入院していた私のPCが戻ってきました。

費用は8万円強でした。基盤を交換したのだそうです。

夫はこちらに落ち度は思いつかないこと、仕様期間がまだ短いこと、修理に時間がかかったことなどもろもろ考えあわせて修理代が高いことが面白くないようで、販売店、メーカー、<の>先生にもなにやら訴えていまいした。

納得がいかない夫は消費者の為にも頑張らねばなんて言って、今日は消費者センターまで出かけました。

<の>先生と同じことを言われたそうですが怒りは収まらず、気分転換にと帰りに書店に寄ったところ「新 老人は切れやすい」というテイトルの本が目に飛び込んできたそうです。

あまりのタイミングの良さに苦笑したのか読んだのかは分かりませんが、家にかえって報告している夫はもうすっきりしていました。

4日間の苦闘が終わってヤレヤレ めでたしめでたしです。

2007年10月23日火曜日

私の携帯で~す


夫の退職と私の還暦を祝って子供達からプレゼントがあります。

そのひとつ、携帯電話がペアで送られてきました。

これにはプランの選定、使い方の指導がついて、さらに電話番号、メールアドレスまで取得し契約も済ませすぐにも使える状態になっていました。いつもやさしい<の>先生です。(わたしのPCの先生なのです。)

週末には電話で講習会を行ってくれるそうで付録のDVDでちゃんと予習しておかなくては。

さっき<の>先生にわずか2行ほどのメールを苦労のすえやっと送信したら何秒も経たないで返事がきてしまいました。エ、エーッ。

電話をかける練習もしてみました。(テーブルの向かいにいる夫に・・・ウフフ 笑っちゃいますね。)

韓国旅行のお土産のストラップを早速つけました。アジュ オウルリョヨ(とても似合っています。)

ブログデビュー、携帯デビュー、頑張り過ぎずにゆっくり楽しくでは間に合いそうにありませんが、亀さんで行きまーす。待っていてください。

2007年10月21日日曜日

二泊三日ソウルの旅 三日目(18日)

旅も今日半日を残すのみとなりました。

今日は景福宮と国立民族博物館です。

きのう同様日本語の案内時刻9時半めがけてホテルを出発しました。タクシー運賃が安くってうれしいです。

まさに朝鮮王朝を象徴する宮殿で見ごたえがありました。今日は男性のガイドさん、ご自身の思考も加えられ、それはそれで良かったです。

建造物、その名称、使われている文字、彫り物、施されている色など儒教の教えに由るところが大きいという説明でした。とても興味深かったです。

「---日本によって壊されましたーーー」「---日本によって焼かれたのですーー」「--復元しているところです」何度か言われ、うつむいて「すみません」とつぶやく私でした。

きのうの昌徳宮、ここ景福宮と昌慶宮は儒教を勉強して次回もう一度行きたいと思いました。

国立民族博物館には幼稚園くらいから小学校低学年の子供達が団体で大勢来ていました。小さいうちから国の歴史に接しさせるってすごく大切だと思いました。

大統領府青瓦台を少し手前道路から眺めて三日間の予定を終了です。

ロッテ百貨店でお茶しておみやげのキムチを買いホテルへ。

驚いたことに入国した時に両替した162,400ウォンをぴったし使いきりました。1ウォンの過不足もなく。すごーい。

仁川国際空港までの車中ロッテ観光の方と、私達は韓国語、あちらは日本語でのおしゃべりがとても楽しいでした。「千の風に乗って」を覚えたいといわれるので歌詞(漢字かなカタカナ混じり)を書いてあげたところすらすらと読まれたのには驚きました。仕事上とはいえ日本語をしっかり勉強されているのがよく分かりました。

ホテルにもお店にも日本語がわかる話せる人たちが結構いたので困ることは殆どありませんでしたが、日本語を全く知らない人とあるいは早口だったりしたら分かりあうのはまだまだかなと思いました。

空港免税店で夫にはゆず茶とチョコレートのお土産を、私用には韓国女性の綺麗な肌にあこがれて黄土石鹸、韓国語のテキストにはさむ手刺繍のしおり、還暦祝いに子供達がプレゼントしてくれるという携帯電話につける組み紐のストラップを買いました。

最後にじゃじゃん麺(バレンタインデー、ホワイトデーに何ももらえなかった男女が4月14日のブラックデーに黒い服を着て食べるという)とゆんたろうさんお薦めのアワビ入りのお粥を見つけて食べることができました。最後に食べたこのお粥が一番おいしいでした。

「またきっと来るからね」飛行機の窓から見えるソウルの街に言いながら韓国とお別れしました。

お疲れさまでした

昨日20日で夫が退職しました。

「長いあいだお疲れ様でした。おかげで私達はずーっと何の問題もなくおだやかな日々を過ごすことができました。本当にありがとうございました。

しばらくは休養して今度は多くの時間を自分自身のために使ってくださいね。私はそのための環境づくりをさりげなくお手伝いすれば良いのかと思っています。

そして、時々は私にもお付き合い願いますね。

おとうさん、あらためましてどうぞ宜しくお願いいたします。

健康に気をつけて、仲良く暮らし、子供達に心配をかけないようにしなくてはね。」

2007年10月20日土曜日

二泊三日ソウルの旅 二日目(17日)

今日の予定は、水原ー昌徳宮ー仁寺洞ー清渓川です。

黒塗りの模範タクシーで高速を1時間南下し水原の世界文化遺産華城へ.

韓国語がほんの少しできる日本のおばさん4人と日本語が少しわかる韓国のおじさんとで車の中は大変な盛り上がりよう。「アジョッシ 喜び過ぎ 運転間違わないで」と何回祈ったことか。カセットテープを聞いて勉強されているそうでテキストは相当痛んでいてセロテープで補修され一生懸命な様子が窺えました。

肝心の華城では日本語で書かれたパンフレットももらい遠くまで来た甲斐があったと皆大満足でしたが説明してもらえたらもっと良かったのに・・が私の感想でした。

昌徳宮の日本語案内の時刻めざして昼食もせずに高速を戻りました。テレビドラマ、チャングムブーム(私の場合は漫画でしたが)のおかげか宮殿がとても身近に感じられ、ガイドさんの案内もとても上手くて宮殿の暮らしぶりが見えるようでした。歴史は苦手な私なのに朝鮮の歴史を勉強したいとちらっと思ったほどです。

次の目的地仁寺洞へ歩いて行こうと地図を縦にしたり横にしたりしていると、日本に9年住んだことがあるという青年が自分の方から日本語で声をかけてくれて行き方を教えてくれました。こういう親切な方が多いのです韓国には。日本人はシャイなのかやさしさが足りないのか考えてしまいました。見習わなくては。

突然、青年の口から越の寒梅だの八海山なんてお酒の名前が出てきてびっくり、長女のニコニコ顔が浮かんできたのはどうしてでしょうか。

仁寺洞はかわいい店、すてきな店、なつかしげな店、芸術的な店がびっしり並んでいてとても楽しいでした。もっと遊んでいたかったです。

夕食は大統領も行かれたという韓一館で宮廷料理をいただくはずだったのですが・・。運ばれてきたのはコース料理、コース料理をオーダーすればそりあ当然ですよね。あーん もう、リーダーのせいにしてはいけません。はい。私には食べやすくおいしいお料理でした。ごちそうさまでした。

気をとりなおして清渓川へ。それまであった高速道路を取り壊して下に流れる川を復元したというとてつもない決断と作業に感服です。

きのうも今日も日中は暑いくらいでしたがやはり夜になると急に冷えます。

タクシーをひろってホテルへ帰ります。

二泊三日ソウルの旅 一日目(16日)

お昼近くにソウルに到着、ホテルにチェックインしてから本日のコースに向けて出発。

南山韓屋村ーソールタワーー南大門市場

民族村は休日でしたので塀手前の少し高いところから見下ろして覗き見しました。近くにいた私たちよりもっともっとおばさんのグループに韓国語で「今日は見られないのですか?」とたずねたら「今日は休みです。火曜日だから」と答えてくれました。うわー通じちゃった聞き取れちゃったおっとっと感激ー。

ソウルタワーへはロープウェイで上るつもりがどういうわけかロープウェイの乗り場ではなくタワーからの下り口におろされ40分かけてタワーまでハイキングすることになってしまいました。普段車にも自転車にも乗らない(持っていない)徒歩生活のおかげでなんだ坂こんな坂苦労なしでした。

タワーから見る夕日と刻一刻と浮かび上がってくる夜景がとってもきれいでしばしロマンチックな気分にひたりました。

南大門市場で働くおばさん達の迫力には圧倒されましたね。

市場の中をちょっと横に入って、いかにも食堂という感じのお店でおばさんお薦めの海産物がたくさん入ったチゲをいただきました。熱くて辛くて・・寒さと戦うためにはこうでなければいけないのでしょうね。

ライトアップされた南大門を見上げて今日はここまで。

2007年10月15日月曜日

いよいよ出発

いよいよ明日はソウルの旅へ出発です。

準備は整ったはずなんだけど、いつも旅行に行く前にそうであるように忘れ物がないか不安です。パスポートとお財布があれば大丈夫ですよね。

また転んで足を折ったりしないよう気をつけて歩き、韓国語でたくさん話をして来たいですね。

還暦を迎えて最初の大きなイベントどうかホームランでなくてもヒットで無事に帰ってこれますように。

2007年10月12日金曜日

おっとっとおばあさん

2日前から喉が痛いのです。

今までなら塩水で1~2度うがいをすれば治っていたのに・・・・。ここでも老いを感じさせられます。少し寒気とだるさもあるようです。

旅行をひかえこれ以上長引かせまいと、今日は何もしない日と決めました。

まだ暖房器具は出していないので、陽のあたる縁側に座布団と毛布を持ち出し、お手元用めがね(眼鏡やの店員さんはこう言ってくださいます)をかけて、頭を使わない読書をして過ごしました。すっかりおっとっとおばあさんになっているのがおかしくって笑ってしまいました。

お昼は体を暖めようと常備してあるcoopの「味一番ラーメン醤油味」に野菜をたくさん入れていただjきました。「ごちそうさまでした。おいしかったです」うっすら汗もかいてもう大丈夫の感じ。あとはお風呂でよーく温まってオヤスミナサイ。

2007年10月9日火曜日

ほんぽーとでボランティア

今月1日に市立中央図書館ほんぽーとがオープンしました。

我が家からわずか3~4分のところです。夫と子供たちが通った小学校の跡地に建てられた図書館、今度は私が通います。

数ヶ月前、趣味もいいけどコミュニケーションが大切だとかもっと社会とかかわらなくてはいけないとか老化予防対策を考えていた時に、夫が「図書館のボランティア募集しているよ」と教えてくれました。相談していたわけでもないのに・・・グッドタイミング、グッドアイディア即採用です。

私は配架といって返却された本を元の位置に戻す作業を選びました。説明会、研修会を経ていよいよ明日デビューです。ほんの少しだけど人さまの役に立つと思うととても嬉しいです。少々不安もありますがゆっくり少しづつと思っています。

説明会で最初に言われたことが心に残っています。「ボランティアって人の為にするのではないのです。自分の為にやるのです。」謙虚な気持ちになることで話しかた、表情、態度などがずいぶん違ったものになると思います。頑張りまーす。

読書は好きな方ではなく、学校の夏休み冬休みの宿題でいつも最後まで残るのが読書感想文でした。そんな私が図書館へ通うことになるなんて・・・いつか「読書も好きです。」なんて言えたらステキ。














2007年10月5日金曜日

私の韓国語

韓国旅行まで10日余りとなり、ご一緒する方々との顔合わせ会でした。

この旅行は韓国語教室に通っている私の友人が教室の友達二人と計画した中に誘って下さったものです。

私は毎朝NHKラジオのハングル講座を聞いています。韓国語学習のきっかけはよくあるヨン様フアンというのでもなく、韓国ドラマの虜になったというのでもありません。三年前次女が韓国の青年と結婚した時に、いつか彼のお母さんと韓国語で電話ができるようになりたいと思ったからです。

一日わずか20分放送を聞くだけですから歩みはのろく、頭に浮かんだ言葉を話そうとする時にはすでに場面が変わっているという状況です。それでもテレビでニュースを見聞きしていると、聞き取れる単語が少しづつ増え、字幕と一致させては「ヨシッ!」と喜んだり「継続は力なり」と自らを励ましています。今のところは多分次女より私の方ができていると思いますが・・・

旅先では勇気を出して韓国語でたくさん話しかけようと思います。返事がきれいな日本語だったりして・・

2007年10月1日月曜日

私もブログ開設

ブログというものに興味を持ってはいましたが、まさか始めることになるとは思っていませんでした。

きっかけは関東で暮す二女に「お母さんが元気でいるか分かるようにブログやったら」と言われたことです。

最近いろんな場面で衰えを感じることが多く何か対策をと思っていたこともあって、脳の老化を遅らせたり、子供達を安心させることができるのであればと挑戦することになりました。

「おっとっとっと アー危なかった」と言わないことのない日々です。

「過去のいろいろな想いにとらわれず、明日からのことをくよくよ心配しないで、明るい気持ちで無理せずゆっくり楽しんで」と思って過ごしている日々を時々綴ります。